KEIKO KOMA

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更新日 2010-01-09 | 作成日 2008-03-30

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  高句麗初代の王、東明王を描いた「朱蒙」というドラマが韓国では視聴率50%近く見られていると聞き、日本のテレビ番組で放映された時に1、2回見ました。歴史に基づいて作られた訳ではないと聞いていましたが、柳花が一族殺され、愛する人朱蒙の父も殺され、一人お腹の中に身ごもった子(朱蒙)と生きていく場面を見た時、胸が引き裂かれそうに痛み、悲しくなりました。こんな宿命を生きなければならないことを嘆き、悲しみました。ふと私は、この人の子孫になるのかと感じた時、人間の歴史は悲しいと身が震えたのです。私は、それ以降このドラマを見ることはしませんでした。「高句麗伝説」の時に詩に詠ませて戴いていますが、柳花さんは、子である朱蒙を生かす為に逃がしたのです。
愛する人は奪われてしまう悲しい宿命の人です。天のはるか向こうに心を託すことより生きる意味はないと感じます。
   人間の死は、別れをつくります。魂は、永遠であることをわかり生きられれば、人生の意味も深まりますが、永遠の魂を知らなければ、悲しみは、ぬぐわれることはないと感じます。ましてや殺されてしまった時、悲しみがぬぐわれることがあるでしょうか、といつも考えます。レバノンへ行くようになり、中東の人と話をする時、目の前で愛する我子を殺された人の悲しみは、どの様にぬぐわれていくのでしょうか、といつも考えます。私には、なぐさめる言葉もありません。だからこの世は虚しいと感じてしまうのです。
   私は、天のはるか向こうで生きるより答えはないと感じ、常にそう生きようとしています。5月12日の「高句麗伝説」に母、柳花の詩を詠み、悲しみが光と変わる経験をし、人間の内にある悲しみやうらみ、憎しみが光と変わる時、世界は平和になるということがよくわかりました。過去の歴史を受け継ぎ生きる人間一人一人は、生まれつき過去の歴史が身の内に宿っていますから、自分では意識したり、自覚していなくても、悲しみがあれば、悲しみをひきよせ、悲しいことが繰り返されます。
   私はいだきしん先生にお会いし27年になります。しみ程の影であっても闇を引き寄せることを身にしみて経験しています。けれど、抜け出せる機会があることが、励みであり希望です。5月12日の「高句麗伝説」の朝は、子供の頃からある頭痛が起きていました。私は、この頭痛は闇に反応し起こることをよく知っています。「高句麗伝説」が終わり、頭痛は消えていました。悲しみが光に変わる尊い経験により、私は永遠の高句麗を心に生きる人生はじまりました。