KEIKO KOMA

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更新日 2010-01-09 | 作成日 2008-03-30


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私は、何故か思い悩むと京都へ行きたくなるのです。
 
何かに会いたくなるのです。特に若草色の香りを求め古の都を歩くのです。古人の息吹きを感じ、古人の声を聞きたいと、心澄まし歩くのです。
 夏の日の夕暮れ、暑さ厳しいながらも、心地よい風が吹き、私は茶室の様な一軒の家の前に佇みました。静けさが漂い、息をのみました。ごめん下さい、と静かに入っていくと立入禁止の看板が立てかけてあり、中にはどなたもいらっしゃいませんでした。
立ち去ろうとした時、背中に人の気配を感じ、私は、振り返りました。「どうぞお茶でも召し上がって下さい」と着物を着た清楚でしなやかな女性が膝をつき私に手を差し伸べました。私は、吸い寄せられるようにうながされた板の間に腰かけました。夏の日の夕暮れ、静かに風が吹き抜けます。女性は語り始めました。
若草色の香りがしました。
「桜の花びらが風に舞う春の宴は、年に一度、美しい若草の君にお会いできるのです。私は、桜色の着物を着、朝から丁寧に化粧をするのです。年に一度、一番美しい私となってお会いしたいのです。けれど、ほんのひと時の間よりお目にかかることは出来ないのです。私は、和紙に自分の心を託した詩をしたため、若草の君にお渡ししました。時が移りゆくことの悲しみを桜の花びらが風に舞う様に見、人生の儚さを想います。
時に川に身を投げ生命を絶とうとさえ思うことがあります。この世は、何ひとつ思うままにならず、叶うことはないのです。けれど若草の君にお会い出来る喜びが、私の生きている証です。あの御方が美しい御姿でおられることが私の望みであります」
言葉が聞こえなくなった時、その女性の姿がみえなくなりました。私は、今誰とお話をしていたのかしらと不思議な気持ちになり、その家を立ち去りました。すぐ前にある美しい庭の池の水面に、私は、若草の君をみたのです。その御方は、多くの女性に愛されながら、一人一人に応えていけない悲しみを胸に留めておられました。私は、とても不思議な光景をみてしまいました。手を伸ばせば遠い古の時が今にあるような、感覚となり、昔生きていた人と自分との関わりを考えるようになりました。語れない気持ち、あかせない胸の内、真実がうめられている大地。私の胸の苦しさと重なります。
京都へ行くとひとつ出会い、ひとつ失います。古人との出会い。そして失う希望の光。昔から人間は、苦しみを耐え、悲しみを胸に生きてきたのかと思うと、今も苦しみ生きる私の人生に希望を持てなくなるのです。現実に生きている人全てに私は希望を感じられないからです。けれど私は、生きていくのです。何かに出会いたくて生きていくのです。
 
出会いの予感が胸の奥には、光となってあるのです。

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 (c)MIDORIKAWA