KEIKO KOMA

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更新日 2010-01-09 | 作成日 2008-03-30


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  春の夜

 どこかときめきを運んでくれるようなやさしい、あたたかい春風が吹く夜は、心地良くて、友達とたくさんおしゃべりするのです。春の香りは、若草の君の存在を感じ、心がうきうきします。けれど現実にはいない若草の君の香りを、私は何故知っているのでしょう。胸が疼き、ときめくということは、何なのでしょう。「月夜に友と語らい 胸ときめき 未来に心を馳せる」と詩を書きました。けれど若草の君の香りを知っているということは、未来にときめくのではなくて、過去なのかも知れないと、ふと思うのです。私は、私の中に住んでいる人といつも詩を書いたり、一人の時にそう呼んでいる人がいます。その人は男の人で若草の香りがします。とっても恋しくて、懐かしくて、会いたくてたまらない人です。けれど、誰かはわかりません。その人に会いたいと思うと涙まであふれてきます。それほどまでに恋しく会いたい人のことを何故わからないのでしょう。心って不思議です。
   私は、幼い頃、男の人にいたずらをされました。そのことだけは思い出したくなかったのです。けれど清水寺で夜風が運んでくれた香りから、私の内にいる姫の悲しみを知ってしまった時、姫を辱しめた男の人を見た瞬間、思い出してしまったのです。ゴリラのような人でした。
けれど、中学の修学旅行の時に、清水寺で私におみやげをくれた男の子は、やさしい子でした。いつもさわやかで朝の香りがしました。なのに何故ゴリラのような格好をしているのでしょう。そう見てしまう私の心も悲しいです。やさしく親切な子をゴリラに見える私の心は、どうなっているのでしょう。北上川で出会った運命の人と感じた人もやさしく親切な人でした。けれどやはりゴリラに見える私の心は、何なのでしょう。私は、私の中にずっと住んでいる人がいるからではないかと思うことがあります。幼い頃の悲しみは姫の悲しみと重なり、私の中に住んでいる人も悲しんでいます。けれど悲しいまま終わらせないと必死で支えている愛を感じるのです。私は、運命と縁がわかった時から、私の中に住んでいる人に、無償に会いたくなるのです。宇治の川辺で見た若草の君は誰なのでしょうか。一年に一度会える事を生きる証とし生きたあの女性は、私に何を伝えたかったのでしょうか。春の野山で、愛する人と今生の別れを告げた美しい姫は、その生を終える時、何を感じ、何を見たのでしょうか。私も会いたい人は若草の香りの人なのです。その香りを辿っていくと、永遠の世界を感じるのです。どんなにやさしく親切な人でも、この香りを感じないと一緒にいることがとてつもなく虚しくなり、しまいには、ゴリラに見えてしまうのです。この世の中に、若草の香りする人はいるのでしょうか。春の夜に、友達と語らう時、甘い香りが漂う月夜は、未来を照らしているのでしょうか。遠い昔を照らしているのでしょうか。若草の香りは未来からくるのでしょうか。古からくるのでしょうか。

 
 
 
 
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